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Nanpa is Suicide

誰でも読めるが、誰にも読めないブログ。

「今夜は寂しい」という病をどう考えるか

恋愛

「今夜はなんか寂しいな…」

 

最近発作的に寂しさに襲われる。夜になると寂しくなる。

夜中になると、女の子にLINEをしてしまう。その子に話したいことがたくさん頭に浮かんでくる。その子と自分が話ている姿を何度も想像する。そして、会う約束をする。

でも朝になると、もう会いたくなくなる。何度も何度も繰り返し想像した会話、彼女に伝えたいたくさんのこと…が全部なくなる。あれだけ伝えたいこと、話したいことがあったはずなのに、消えてなくなってしまう。「自分をさらけ出したい」という欲望が、夜はあれだけ湧き上がっていたのに、朝になるともうその欲望を感じない。もはやこの欲望がないので、彼女とのアポをドタキャンする。最近こういうことが毎日のように続いている。なぜこんなことが起こるのか。

 

ナンパを始めてから、以前よりも寂しさをより感じやすくなった。

これは確実にそうなったと言える。実感があるのだ。ナンパによって、寂しさを癒すことができる。禁断症状を癒すために、僕は街に出る。人間はみんな寂しい。現代社会ではみんな孤独を抱えている。大人になるにつれて、孤独になっていくものだ。みんな自分の真実を開示できる他者なんていない。そう一般的に言われる。でも、寂しいとはどういうことだろうか。その意味は何だろうか。こういう問いに向かい合う人はあまりいない。もともと寂しさに苦しんでいてナンパを始めた人は、不可避的にこの問いに向かい合うことになる。これはナンパの宿命だと思う。

最初ははっきり言って「何も考えていない」状態だった。すごく寂しい、どうしようもなく寂しいから、ナンパに飛び込む。寂しさで頭がいっぱいになって「何も考えていない」から、どんな手を使ってでも、ナンパがうまくなろうとする。いわゆるモチベーションは、勝手に湧き出てくる。「ナンパを楽しめ」という人がいるが、僕は最初はナンパを楽しめなかった。楽しいのではなく、「ナンパをしなければならない」という義務感、「ナンパをしないといられない」という焦燥感が、僕をナンパへと動機づけた。完ソロ(たった一人でナンパをすること)ができない人は、きっとあまりナンパが上達しないと僕は思う。「できない」のではなく「しない」のだ。つまり、完ソロできない人は、自分をナンパへと動機づける理由が存在しないんだと思う。この「理由」は後から作り出すことはできない。「理由」は、否応なしに与えられている。無理やりに持たされているもの。一種の「病」や「障害」に近いかもしれない。だから、「理由」のない人は、ナンパをする必要がない。

最初の頃は、寂しさを癒すことに必死だから、「何も考えていない」状態だった。だから、その必死の時期に「あなたはなぜナンパをしたいのか」と聞かれても、うまく答えられない。「理由」を明確にできるようになるためには、ある程度ナンパがうまくいくようになってからだ。あるいは、ナンパをしていくなかで、女の子(他者)の中に、自らの「理由」を見つけていくかもしれない。

 

ナンパがうまくいくようになっていく。

ナンパをすればするほど、どんどんうまくいくなっていく。今や僕は「寂しさを癒す手段」を手に入れた。やり方は心得ている。そう思って街に行く。そう思ってナンパをすれば、たいていうまくいく。「寂しさを癒す手段」を手に入れれば、それを使いたくなる。それを使えば、寂しさを癒すことができる。ずっとそのことを考えている。

しかし、「寂しさを癒す手段」を使えば使うほど、寂しさは増えていく。どんどん寂しさを感じるようになっていく。「俺って寂しいヤツなんだな…」とはっきりと認識する。この認識は、ナンパを始める前までは、はっきりとは自覚されていない。普通の人も「なんとなく寂しいな」と思うことはある。でも、それを「癒そう」だとか「克服しよう」だとかそこまで考えない。でも、僕はこの寂しさが普通の人以上により強く感じられてしまう。僕は依存的な人間だ。だから、僕はナンパへと駆り立てられる。

ナンパを始める人には、「寂しさの物語」があると思う。「俺は寂しいなぜなら…」と考えている。「寂しさの物語」には「失恋」とか「うつ病」とかいろいろあるだろう。これがいわゆる「欠落」だと僕は思う。ナンパによって、僕は「欠落ある存在」ということを思い知らされる。これから逃れたくて、またナンパをする。相手は誰でもいい。「今夜の寂しさ」を忘れさせてくれる人であれば、きっと誰でもいい。

 

こうして、僕のナンパライフは続いていく。

ナンパをもはや自分の意志でやめれないのならば、やはりひとつの「病」だと思う。うつ病と同様に、薬を飲んでも、手術をしても治らない「病」だ。もしこの「病」を本気で治したいと思うならば、なによりも「自分の意志」が必要だろう。その意志が僕にあるだろうか。違う世界を見ることができるだろうか。今は暗夜行路をただ進むのみ。いつか星を見出したい。